私と妹には
死ぬ前にかなえたい願いがあるのです
奇妙に聞こえるかもしれない
気がふれていると思うかもしれない
でも、どうぞなぜかとたずねないでほしい
雲が広がる空の下
私たち姉妹はこの奇妙な考えの虜になっている
あなたにはそのわけがわかるでしょうか
サハラ砂漠でお茶を
あなたとサハラ砂漠でお茶をご一緒したいのです
若者はうなずき、
姉妹の願いをかなえた
すると姉妹は彼を楽しませようと舞を舞った
はかりしれないほどの喜びをこめて
そしてこの場所で若者を待つと
毎年同じ場所で待つと
雲が広がる空の下
若者は砂漠をこえて飛んでくるだろう
サハラ砂漠でお茶を
あなたとサハラ砂漠でお茶を
でも空の色は暗く変わった
あの人はもどってくるだろうか
姉妹は砂丘の高みにのぼり
月に祈りをささげる
けれど、彼は二度と戻らないだろう
そして姉妹は焦がれ果てるだろう
目をこらして地を探しもとめるうちに
彼女らの茶器には砂が満ちるままに
サハラ砂漠でお茶を
あなたとサハラ砂漠でお茶を
"Tea In The Sahara" The Police "Synchronicity" より引用 訳は拙訳
守られない約束は多い、と思う。特にそれがロック・スターのしたものならば。でも少々歳を取った今だからそう考えられるのであって、25年前にはこれっぽっちも疑っていなかった。彼らは、The Policeの3人は、2度目に来日した時に言ったのだ。「また来年日本に行くよ」と。でも彼らは来なかった。4作目の "Ghost In The Machine" を出しても来なかった。
そして "Synchronicity" が出た。アルバムは素晴らしいものだった。でも、当時はまり込んでいたファンはおそらくみな気づいていたと思う。 "Synchronicity" は別れのアルバムだと。さようならのサインが詩とメロディーのあちこちに書いてあった。もちろん悲しかったけどアルバムが本当に素晴らしくて、これだけきちんとお別れを言ってくれてありがとうという気持ちでいっぱいだった。
だから今度こそ、今度こそ来てくれると思ったのだ。10代の3年間は大きい。高校生が大学生になっていたりする。彼らのステージをやっと最後に観られると一日千秋の想いで待っていた。
けれど、3人はとうとう来なかった。オーストラリアで力つきてしまった。
そして今年、スティングがずっと避けていたはずの再結成をし、ワールドツアーをし、来年日本に来るという。2008年は1983年の代わりには決してなれないし、やっぱりどうしてもリユニオンした3人はThe Policeとは思えない。でも、矛盾してるとわかっているのだけど、心の中で、ものすごい形相をした18歳のもう一人の自分がこう言っていた。
「観たいなら観たいって正直に言えば?そして来るというなら借りを返してもらいなさいよ」
ただのファンが借りもなにもないと思うけど、アメリカやヨーロッパのファンは、少なくともシンクロニシティーツアーで彼らにさよならを言う機会があった。日本のファンはそれすらないまま、サハラの姉妹のように砂丘に残されていたのだ。OK、素直になりましょう。ずっと喉がカラカラで死にそう、というか死んでました。あなたたちが突然来るというから、ゾンビのように起き上がりました。
今度こそ何がなんでも一緒にお茶を飲んでもらいます。
(蛇足:問題は体力的にホントに大丈夫なのかってことです。当日までまったく安心できません)