2007年11月25日

25年目のお茶会

私と妹には
死ぬ前にかなえたい願いがあるのです
奇妙に聞こえるかもしれない
気がふれていると思うかもしれない
でも、どうぞなぜかとたずねないでほしい
雲が広がる空の下
私たち姉妹はこの奇妙な考えの虜になっている
あなたにはそのわけがわかるでしょうか

サハラ砂漠でお茶を
あなたとサハラ砂漠でお茶をご一緒したいのです

若者はうなずき、
姉妹の願いをかなえた
すると姉妹は彼を楽しませようと舞を舞った
はかりしれないほどの喜びをこめて
そしてこの場所で若者を待つと
毎年同じ場所で待つと
雲が広がる空の下
若者は砂漠をこえて飛んでくるだろう

サハラ砂漠でお茶を
あなたとサハラ砂漠でお茶を

でも空の色は暗く変わった
あの人はもどってくるだろうか
姉妹は砂丘の高みにのぼり
月に祈りをささげる
けれど、彼は二度と戻らないだろう
そして姉妹は焦がれ果てるだろう
目をこらして地を探しもとめるうちに
彼女らの茶器には砂が満ちるままに

サハラ砂漠でお茶を
あなたとサハラ砂漠でお茶を

 "Tea In The Sahara"  The Police  "Synchronicity" より引用 訳は拙訳

 守られない約束は多い、と思う。特にそれがロック・スターのしたものならば。でも少々歳を取った今だからそう考えられるのであって、25年前にはこれっぽっちも疑っていなかった。彼らは、The Policeの3人は、2度目に来日した時に言ったのだ。「また来年日本に行くよ」と。でも彼らは来なかった。4作目の "Ghost In The Machine" を出しても来なかった。

 そして "Synchronicity" が出た。アルバムは素晴らしいものだった。でも、当時はまり込んでいたファンはおそらくみな気づいていたと思う。 "Synchronicity" は別れのアルバムだと。さようならのサインが詩とメロディーのあちこちに書いてあった。もちろん悲しかったけどアルバムが本当に素晴らしくて、これだけきちんとお別れを言ってくれてありがとうという気持ちでいっぱいだった。

 だから今度こそ、今度こそ来てくれると思ったのだ。10代の3年間は大きい。高校生が大学生になっていたりする。彼らのステージをやっと最後に観られると一日千秋の想いで待っていた。

 けれど、3人はとうとう来なかった。オーストラリアで力つきてしまった。

 そして今年、スティングがずっと避けていたはずの再結成をし、ワールドツアーをし、来年日本に来るという。2008年は1983年の代わりには決してなれないし、やっぱりどうしてもリユニオンした3人はThe Policeとは思えない。でも、矛盾してるとわかっているのだけど、心の中で、ものすごい形相をした18歳のもう一人の自分がこう言っていた。

 「観たいなら観たいって正直に言えば?そして来るというなら借りを返してもらいなさいよ」

 ただのファンが借りもなにもないと思うけど、アメリカやヨーロッパのファンは、少なくともシンクロニシティーツアーで彼らにさよならを言う機会があった。日本のファンはそれすらないまま、サハラの姉妹のように砂丘に残されていたのだ。OK、素直になりましょう。ずっと喉がカラカラで死にそう、というか死んでました。あなたたちが突然来るというから、ゾンビのように起き上がりました。

 今度こそ何がなんでも一緒にお茶を飲んでもらいます。

 (蛇足:問題は体力的にホントに大丈夫なのかってことです。当日までまったく安心できません)

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2007年10月27日

むかし洋楽その(12)― The Police "Ghost In The Machine" ―

ねじれくれて発展したこの世界を
政治的に正す方法はない
国を信頼する気持ちはなく
流血の革命もすでにない

俺たちは物あふるる世界をさまよう亡霊だ

   "Spirits In The Material World" より抜粋、拙訳

座ってる時には色々アイデアを思いつくんだ
立ち上がって初めて足元のひびに気がつくってわけさ
もう二度と朝目が覚めなければいいと思う
人生が退屈だったら、もっと楽に生きられたのに

   "Darkness" より抜粋、拙訳

 The Policeが再結成して世界中を巡っているらしい。日本にも来年の2月頃に来るそうだ。そのニュースを知ったとき、思わずため息をついてしまった。これほど再結成に意味がないバンドもないだろう。それは彼らが歳を取ったからとか、ギターやドラムの腕が落ちてるんじゃないかとか、そういうことではない。もちろん歳月は関係あるが、彼らが60歳近いからということではない。

 スティングとアンディとスチュワートが集まってももう二度とThe Policeにはなれないからだ。

 冒頭の拙訳は彼らの4枚目のアルバム「Ghost In The Machine」の最初と最後に収められた曲である。上ので始まって下ので終わる。まあ、こんな抜粋じゃ雰囲気のかけらも伝えられないのだが、歌詞から少しはうかがえるように、このアルバムはとにかく暗い。本当に暗い。10代の女の子が聴くにはちょっと危険なくらい暗い。音が暗いのではなく、歌のモチーフが不機嫌な怒りに満ちているのだ。ちなみにジャケットも真っ黒だ。真っ黒の上に壊れたデジタル時計のような表示が意味不明に赤く点灯しているという趣向だった。

 あの不機嫌な怒りはどこからきたのだろうか。当時彼らが置かれていた精神的な閉塞感もあっただろう。バンドがビッグネームになり、自由と時間は少なくなってプレッシャーは当然増えていた。また、スティングはこの手の怒りが創作活動のエネルギーになるタイプだった。けれどなによりも、この怒りは一見普遍的に見えて、80年代の頭という時代の空気と密接な関係にあったと思う。スティングとアンディとスチュワートは、あの時代にその想いをやたら吐き散らかしたからこそ、The Policeになったのだ。だから、怒りと孤独感だらけの曲に多くの人が魅かれずにはいられなかった。

 The Policeというバンドは色々な部分であの時代に固くリンクされているのだ。バンドの寿命が短かったのもそこに根があるのだと思う。時代と彼らのどちらが欠けても、絶対にThe Policeにはなり得ないのだ。

 彼らが懐かしさで集まってセッションをやるのはもちろん理解できる。それは人間としていたって普通の行動だ。だって同窓会みたいなものだから。でもそれはThe Policeじゃない。だからThe Policeだと言ってコンサートをするのは限りなく悲しいだけだ。

 (彼らだけはそんなかっこ悪いことはしないと思っていたのに。それにちょこっと恨みごとを言わせてもらうなら、今じゃなくてシンクロニシティーツアーの時に来てほしかったよ)

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2007年6月16日

Do Ya Think I'm Crazy?

 少し前にiTunes Music Storeにやっとワーナーものが入りました。さっそく見てみると、出るわ出るわ、首をながーくして待っていた曲がごっそり追加されてます。ざっとチェックしただけでもこんな感じ。

Foreigner
Stevie NicksとFleetwood Mac系(リンジー・バッキンガムもバッチリ)
Rod Stewart
The Kinks(…!いつのまにか追加されてて、おばさんビックリですよ)
Donald Fagen(New FrontierのPVまでありました)
Huey Lewis & The News(これは今回の追加かどうか自信がないです。ただしiTunes Plusの曲もあり)

 落ち着いて探せばもっとありそうなんですが、もーうれしくてうれしくて冷静になれなくて(バカ)。しかし、The KinksのDestroyerがダウンロードできるようになるとは思ってませんでした。これでSony系が入って、Peter Gabrielあたりが聞けるようになれば天国に……くふふふ!

 で、最初にダウンロードしたのは何かと言うと、Rod StewartのDo Ya Think I'm Sexy?。
わっはっはー、このミもフタもないタイトルとベタベタなディスコサウンド、最高です。しかもこの曲、5分以上あることを知りました。5分間も延々とオレと寝たいならそう言えよと歌っているわけです。やっぱりこのころのRodはいい意味でアホですね。次は何にしようかなぁ。迷って迷って…迷うのがまた楽しいのですよね。

 (そうそう、まだここを見てくれているかわからないけど、Chiara、やっとこさStevieのアルバムが全部入りましたよ。さあ、ダウンロードしほーだいっす。)

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2007年3月14日

むかし洋楽その(11)― Billy Joel "It's Still Rock And Roll To Me" ―

“俺の着てるモノのどこがおかしいって言うんだ?”
“だからね、そのネクタイ、太すぎると思わないの?”
“じゃ、古くさいタブカラーのシャツでも買おうか”
“ジャイヴの時代に逆戻りってわけね”

Billy Joel "It's Still Rock And Roll To Me"より拙訳

 妹が誕生日のプレゼントに2枚のCDを送ってくれました。1枚がスティーヴィー・ニックスのベスト盤、そして2枚目はビリー・ジョエルの2枚組みベストでした。身内なので面と向かってなかなか言えませんが、私の妹はこういうとてもしゃれたプレゼントをくれる人です。妹であると同時に友達であり、お互いによく解っているからでもあるでしょう。実は数日前にふと、ああビリーの「ピアノ・マン」が聴きたいなぁと思っていただけに、とりわけ嬉しい贈りものでした。

 上のフレーズは、私が初めて買ったビリーのアルバム「Glass House」に収められている曲の冒頭の部分です。もちろん妹からもらったベストにも入っていました。実はまったく記憶になかったんですが、ライナーノーツによると全米No.1にもなっていたようです。

 この曲が出たのはちょうど1980年で、ファッション的には細めのタイがはやっていました。このところネクタイはやや太めが主流みたいなので、この歌詞を見るとああ流行ってぐるぐる回るんだなぁと改めて思います。タブカラーのシャツも少し前から復活してますよね。いかにもロックンロール!という感じのメロディーに乗せて、ビリーはこんな調子で当時のはやりを並べ立て、「なんかみんな流行のサウンドがどうのって言ってんだけど、オレはロックンロール一筋だぜ」とシメてます。

 メロディアスな曲が多かったビリーが、Glass Houseでフィーチャーしたロックっぽい曲のひとつで、軽快で愉快な感じがしますが、会話形式の歌詞に出てくる男女の価値観のズレっぷりもおもしろいところです。男性(たぶんビリー)の基準は“自分が好きなもの(あるいはかっこいいと思うもの)”なのに対して、女性のそれは“とにかく流行ってるもの”なのです。

 流行はスパイスのように取り入れれば素敵になりますが、なにもかもはやってるものだらけで固めると、極めてやぼったく安っぽく軽薄になります。自分にちゃんと基準を持っている人は、自分に何が似合うか(あるいは必要か)も分かっているので、とてもセンスのよい印象を与える気がします。それはファッションだけでなく生活全般、大きく言うと生き方すべてに言えるかもしれません。最近は全世界的総情報過多時代なので、気をつけないとすぐその気になって(させられて)流されてしまいそうですし。

 ビリーのこの曲は、「流されずに生きようぜ」と言っているのかもしれません。

3月 14, 2007 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月26日

四月になれば彼女は

 ここしばらく、色々なことを怠けています。ここグラデンコもそのひとつ。書こうかなと思うことはあるのに書き出せません。そしてなんとなく心が晴れません。たぶん理由なんてないのでしょう。冬が大好きなあまり、春の足音がしてくるとふさぎこむことが昔からよくありました。

 外ネコと遊んだり、通勤途中でひなたぼっこをしている川鵜を見たり、ポカポカ陽気がうれしい時もあるのに、どうも春はいけません。

 タイトルはサイモン&ガーファンクルの曲で、彼らの詩人の心と、美しくかつ力強い歌声がぞんぶんに発揮されている曲です。2分にも満たない短い曲ですが、とてもそうは思えない深さがあります。

 ああしかしでも、この曲でさえ、四月は喜ばしい季節なのです。「僕は岩だ、岩は傷つかないし、泣くこともない」と歌った彼らでさえ、四月には彼女が来る、春は始まりの季節だといっているのです。

 春が憂鬱な私は、かなりおへそがまがっているのかもしれません。

2月 26, 2007 80'sまでのロック・ポップス, なにげない出来事 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月14日

彼女の名前はローラ

 キャメロン・ディアスが出演しているソフトバンクモバイルのCMソングが、最新版でバリー・マニロウの「コパカバーナ」になっていますが、「これは誰のなんて曲?」という問い合わせが殺到しているというニュースを一週間ほど前に目にしました。あえて言わせてもらいましょう。信じられません。

 「コパカバーナ」知らない人がそんなにたくさんいるの!

 バリー・マニロウのファンではないし、むしろほとんど興味がわかないタイプですが、この曲だけは知ってます。だってあまりにも有名……とはいってもよく考えたら、この歌が出たころ生まれてなかったような人たちが、携帯ユーザーのコア層なんですよね。しかも洋楽だし。レトロ80'sなんていってちょっと流行ってはいても、「コパカバーナ」は知られざるほうにはいっちゃうのかもしれません。日本で例えるとしたらディナーショーをやるタイプの歌手だから、当時もファンの年齢層は高かった気がします。

 タイトルは「コパカバーナ」の出だしの歌詞です。確かショーガールの悲恋が歌われていたはず。

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2006年10月 3日

むかし洋楽その(10) ― Sheena Easton "Modern Girl" ―

 ※今日は思いきって「である」調で書きます。なんといってもモダンガールですし。

 ひとりの男性(ひと)に合わせて
 自分の生き方を決めたりしない
 できることをやりながら
 ちゃんと暮らしてる
 彼女は自由なのよ、なりたいものになれる
 そう、彼女がめざすのはモダン・ガール
 現在(いま)を生きる女性になりたいの

Sheena Easton "Modern Girl"より引用、拙訳

******** ********* ********

 スポーツはずっと嫌いだが、ダンスや踊りと名の付くものだけは好きだ。5段階評価でいつも2か3だった体育の成績が一度だけ4になったことがある。創作ダンスが授業に組み込まれた時だ。先生が用意した音楽から好きなものを選び、グループごとに自由に振り付けをして発表した。ああでもないこうでもないと振り付けを考えることは震えがくるほど楽しかった。踊るのも同じくらい楽しかった。

 学校時代には、もうひとつ踊りにまつわる大切な思い出がある。私の通っていた高校の体育祭では、誕生月を基準に生徒を組み分けして競技を行っていた。そして競技か応援の一環だったか忘れたが、組対抗でオリジナルの群舞を踊るというイベントがあった。衣装も自分たちで作るのである。

 2年生の秋、そのダンスチームの顔合わせに行ってみると、3年生に本格的なモダンダンスを習っている先輩が一人いた。彼女は当然のようにチームの指導者となり、みんながびっくりするような垢抜けた振り付けを考え出し、全体の構成を練り上げるという作業をほとんど一人で行った。私たち下級生にはやさしくしかし妥協せずにステップを教えてくれたが、教えるのもとても上手だったのだと思う。なぜなら、練習期間中私たちは毎日楽しくてしかたなかったからだ。

 先輩はショートカットで目がぱっちりと大きく、パーマもお化粧もクールにキマっていて、自分でも「将来はダンサーになりたい」と楽しそうに話していた。彼女はとても素敵だった。1つしか違わないのに信じられないくらい大人に思えた。その秋はずっと彼女が憧れだった。私だけでなく下級生みんながそうだったと思う。

 そして、先輩がダンスの曲に選んだのが、シーナ・イーストンの「モダン・ガール」だった。

 体育祭当日、黒いミニスカートに黒のノースリーブ、緑色のサテンサッシュ(この衣装も彼女がほぼ一人で考えた)をまとって踊った私たちのステップは、明らかに他の組と雰囲気が違うものになっていた。もちろん思い出なので多少は美化されているかもしれない。でもやはり、私ははっきり覚えているのだ。

 シーナのまっすぐのびる歌声に合わせて踊るのがどんなに楽しかったか。本番が永遠に終わらなければいいと、どれほど強く思ったか。そして曲がフェイドアウトしはじめた時、おどろくほど大きな拍手とどよめきが起きたかを。

 踊りには魔法の力があるのだ。永く永く続く魔法の力が。

 その後その先輩がどのような進路を選んだのか、私には知る機会がなかった。あれから25年もの歳月が経っていると思うと、少しばかりたじろいでしまう。私の中では絶対に色褪せない風景だからだ。シーナの歌う「モダン・ガール」を聞くたびに、校庭の土と風のにおいを思い出す。そしてあの先輩が自分のなりたかったダンサーに、踊りを生業とする人生を歩んでいることを切に願わずにはいられない。

******** ********* ********

 「モダン・ガール」はシーナ・イーストンのデビュー曲らしい。というのは、私はてっきり「モーニング・トレイン」がそうだと思っていたからだ。歌の内容は、「男女雇用機会均等法」施行前夜の雰囲気とウーマン・リブを足してニで割って、軽めの80年代ポップスに仕上げてみました、という感じで、今聞くと、くすぐったいような恥ずかしいような隠れたいような、なんとも言えない感じがする。でも私はシーナの声がきらいではない。高くても丸く転がるようなのびのある声だからだ。

 もう歌の世界から消えてしまったのかなと思っていたら、ちゃんとアルバムを出してライブもやっているそうだ。それを知った時も少しうれしかった。モダン・ガールは今も健在でがんばっているのだ。

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2006年7月10日

むかし洋楽その(9) ― Air Supply "All Out of Love" ―

 土曜日に夫と喫茶店でブランチを食べていたら、なんとも懐かしい曲が有線で流れました。エア・サプライの"All Out of Love"です。以前ちょっと書きましたが、彼らのメロディーや声は決して好みではなかったものの、この曲だけは好きだったのです。

 80年代当時、洋楽を聴くための貴重な手段のひとつに、FENがありました。今はAFNと名称が変わっていますが、世界各地に駐留する米軍人とその家族向けの放送局のことです。一時期は「FENで英語をマスターしよう」というようなタイトルのムック本や記事をたくさん見かけました。

 音楽系の番組がかなり充実していたので、親父さまから譲ってもらった年代モノのラジオを窓際に置き、学校が休みの日は、周波数をFENに合わせてずーっと流しっぱなしにするのが当時の私の習慣でした。住まいが神奈川で相模原のキャンプが近かったせいもあり、電波は非常にクリアでした。「Wolfman Jack」と「American Top 40」はかかさず聴いてましたっけ。

 件の"All Out of Love"はその「American Top 40」で聴いたのが最初でした。DJだったケーシー・ケイサムの声に続いて、アコースティックの、静かな波がたたみかけるような印象のメロディーが流れ出し、休日ののんびりした午後にぴったり同化していきました。そのせいで、エア・サプライはバカンス、それもめんどくさい現実の生活から完全に離れた“隠れ家休日”を連想させます。

 ブランチを食べながら久しぶりにこの曲を聴いていたら、お休み気分が2割増しくらいになりました。

 ※余談ですが、FENは本当に私の英語知識と洋楽生活に大きな影響を与えていて、USAでは気温を摂氏(centigrade)ではなく華氏(Fahrenheit)で表すとか(天気予報でキャスターが摂氏ではありえない温度を言っていたことからわかりました)、DJの流れるようなアナウンスを(意味がわからないまま)聞いて、英語の発音ってアクセントの強弱がすごいとか(後から欧米の言語は全部そうだと知りました)、本当に色々発見しました。

 ※余談ついでに言うと、J.ガイルズ・バンドの「Land of a Thousand Dances」を初めて聴いたのも「Wolfman Jack」でしたっけ (平成教育委員会のエンディングで替え歌バージョンが流れている、と言うとわかる人が多いと思います)。これの邦題が「ダンス天国」というのをかなり後になって知り、なんと名訳かと思いました。まさにピッタリの訳です。

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2006年5月20日

むかし洋楽その(8) ― Rock'n'roll ―

 その昔、ロックンロールの神様に魅入られて自分でも弾いたり歌ったりしないと気がすまなくなったガキんちょは、学校で「軽音楽部」という極めてセンスのない名前の部活に入るか、仲間内でバンドをぶちあげるか、おおむねどちらかの方向に進んでいました。そして、いずれの方法をとるにしろ、最も大きなイベントのひとつは学校の「文化祭」でした。

 中学校時代、私の学校に「軽音楽部」はありませんでしたが、音楽系クラブに入っていた生徒の中にロック小僧が数人いて、仲間内でバンドを作っていました。どこで練習していたのかは忘れてしまいましたが、文化祭が近づくと、とにかく学校のどこからかエレキギターのじゃりじゃりした電子音が聞こえてきたものです。

 中でも一番多く流れてきたのは、なんというかアレな言い方をすると“ケツを蹴り飛ばされる”ようなドライブ感のあるカッコいいフレーズでした。どうしても気になって仕方なくなり、バンドのメンバーの一人が同じクラスで友人だったので、ある日なんという曲なのか聞いてみたのです。

「ほら、あのいつも弾いてるやつ、誰のなんて曲?」
「ああ、ツェッペリンのロックンロールだろ」

 その時、私はまだ洋楽を聴きだしたばかりで、レッド・ツェッペリンの存在すら知りませんでした。「ロックなのはわかってるんだってば、だからなんて曲なのって聞いてるのに!」などとトンチンカンな勘違いをしつつレコード屋に行き、そこで初めてそれが曲の名前だということを知ったのです。

 私はツェッペリンは好きですが大ファンではありませんし、楽器が弾けるわけではないので彼らの音の技術的なことは何もわかりません。ですが、あの4人がいかに度外れてすごかったかという点については確信があります。

 当時、私のまわりの中学や高校の文化祭で、ツェッペリンの「ロックンロール」が演奏されないことはほとんどありませんでした。よその学校の文化祭に遊びに行くのはあたりまえでしたから確かです。ツェッペリンの「ロックンロール」とディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」か「ハイウェイ・スター」。この3曲は文化祭前になると、どこかで必ず誰かが練習していました。ハード・ロックとは最も遠い場所にいた、例えば茶道部の部員だったなどという女の子でさえ、曲を聞かせれば「ああそういえば聞き覚えがあるような」と言ってくれそうなくらい、おなじみのメロディーでした。

 アジアの端の日本の、東京の郊外のどこにでもあるような街ですらそうだったのです。そんな場所のロック小僧でさえ、自分の部屋にツェッペリンのポスターを張り、ジミー・ペイジのように「ホントにそれで弾けるの?」というくらいギターを下げて持ってみたり、ロバート・プラントのような声になりたくて声をつぶそうとしてみたりしたのです。これをカリスマと言わずになんと言うでしょうか。

 大ファンではなかった私でさえ、アルバム「IV」と「フィジカル・グラフィティ」は持っていました。もうだいぶ長いこと彼らの音は聴いていませんが、これを書いている間ずっと頭の中でフレーズがリフレインしていました。たぶん、いやきっと、アップした後でCDを買ってしまう予感がします。

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2006年5月13日

Happy

 ココナツの木から落ちてオークランドの病院に担ぎこまれ、脳障害説も流れていたキース・リチャーズですが、どうやら無事みたいです。NZ Heraldのサイトに載っていた記事によると、

“痛くて苦しい夜が続いてたけど、病院のスタッフがその苦しさを軽く短いものにしてくれた。ドクターからきれいどころのご婦人まで、言葉にできないほど深く感謝してる。ケツがひどく痛まなきゃいいなと思ってたんだが、治してもらったのは頭だしな。本当にありがとうよ、キーウィたち”(拙訳)

だそうです。いかにもなジョークが入っているので、このコメントが本当なら安心。ご婦人って看護婦さんのこと…?やれやれ。ココロはともかく肉体は還暦を越えてるわけですし、お願いだからもう木に登ったりせんでください(泣笑)。

 一昨日はカナリ動揺していましたが、後からよーく見ると、脳障害説を流したメディアの中にイギリスのサン紙がいたのですよね…うかつでした。ここが書く記事の信憑性は日本の某スポーツ新聞といい勝負だってことを忘れてました。今まで何度「ストーンズ解散説」を書き立ててくれたことか。

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2006年4月15日

むかし洋楽その(7) ― The Sweetest Taboo ―

 スティーヴィー・ニックスに対する気持ちが、どこかこの世のものではない幻想的なものへのあこがれだったとすると、シャーデーは私にとってとても現実的な魅力にあふれた歌姫でした。大人の女性へのあこがれと言っていいかもしれません。ファッションモデルの経験もあるというスレンダーな容姿とファッション、広い額とその下にしっとりと収まる黒い瞳、ボリュームのある唇。そしてやはり、なによりも彼女の声です。あの低くやわらかく漂うソフトハスキーな声は、スティーヴィーの場合と同様に誰にも真似できないシャーデーだけのものでした。

 「The Sweetest Taboo」は中でも最も好きな曲のひとつです。確か2枚目のアルバムだった「Promise」に収録されています。ボサノヴァっぽいリズムにのせてシャーデーが歌うのは禁断の恋(Sweetest Taboo)ですが、決して重い歌ではありません。むしろ軽快で浮き足立っていて、それでいて甘くはなくクールで、でもほんの少しかわいらしさものぞく、なんとも洒落た恋の歌なのです。中でも特にシンプルで、かつリフレインがない次のフレーズが絶品です。

  every day is Christmas,
 and every night is new years eve

 このフレーズがなければ私はこの曲をこれほど好きにはならなかったでしょう。たったこれだけの言葉で恋とはどういうモノかがみごとに歌われています。

 毎日がクリスマスのよう、
 そして夜は毎晩、新年を待つ夜のよう

 万国共通の弾んでやまない心を、ささやくようにクールにシャーデーは歌うのです。

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2006年4月 5日

むかし洋楽その(6) ― ちょっと昔すぎかも反則 ―

(ポストうまくいくかなぁ…)

 まだ一週間も経っていませんが、仕事は今のところ順調です。圧倒的に女性が多い職場なので、正直それなりに心配ごともあったのですが、入ってみればなんてことはなく取り越し苦労でした。むしろかなり快適と言ったほうが当たっています。

 そしてやはり想像以上にすばらしかったのが徒歩通勤。この時期は特に、桜を愛でながらテクテク歩いて勤めに行くという極楽モードです。帰宅する夕方の時間には、木の間にぶらさげられたちょうちんに灯がともり、お花見客もすでに集まって宴に入りつつあります。今週末くらいまではずっとこんな感じにちがいありません。

 そんな風情を楽しんでいたら、なぜかひょいと、本当にだしぬけに、スモーキー・ロビンソンの「Going to a Go-Go」のサビが転がり出てきました。

 Going to a go-go, everybody,
 Going to a go-go, com'on now.
 Going to a go-go, don't you wanna go?
 Yeah one more time,
 Going to a go-go, baby com'on now...

 (Smokey Robinson "Going to a Go-Go"より抜粋、引用)

 もう本当になんてことはない歌詞なのですが、ここまでファンキーだと、単語は簡単でも雰囲気がどうもうまく訳せません。この曲のメロディがまたいいのです。春の陽気にウカレて踊るのにピッタリ。

 iTunesを持っている人はMusic Storeでぜひ試聴してみてください。"Going to a go-go"でパワーサーチをかければすぐ出てきます。実はこれ、ストーンズが1981年の全米ツアーでカヴァーを演奏し、ライブ版にも収められています。ストーンズのはさらにお祭ムードいっぱいですが、やはり本家の、ほろ酔いっぽい音のほうが、春の宴には合っているような気がします。

4月 5, 2006 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月23日

むかし洋楽 その(5)…かも ― もはや黒くはぬれない ―

 ええと、ストーンズが来日してるみたいですね。自分の中で特別だとか言うわりに他人事のような書き方ですが、正直なところ、金網越しに豆粒みたいなストーンズを見るのは、もう1度だけで十分だなぁという気持ちなのです。

 もし、万が一、「東京のライブハウスかその手のちんまりした場所で100回ギグをやる。ただし1回の曲目は3曲のみ」というツアーだったら、借金してでも行きます。その前に希望者が多すぎて抽選になりそうですけれど。

 単なる想像でしかありませんが、彼らも(キースやチャーリーは特に)そういう小さなセッションをやりたいと、少しは思っているんじゃないでしょうか。でもいったんアルバムを出してツアーということになると、もはやストーンズはバンドではなく、一個のプロジェクトになってしまうのですよね。彼ら自身がどんなに金持ちになって「もう儲からなくていいからちっこい規模のツアーをやりてぇんだけど」と言っても、どうにもならないんだと思うんです。

 そんなことで、名古屋公演の日付すら知らない状態なのですが、ひょっとしてアンコールででも「黒くぬれ!」を演ってくれるなんてことがあったりしたら、ちょっとだけ行きたい…かもです。あの曲は、もちろん曲も好きなんだけれど、昔妹が誕生日にドーナツ盤のシングルをプレゼントしてくれた思い出の曲なのです。(曲自体は、プレゼントにはあまりにそぐわない、かなりイっちゃってる内容なんですけれどね)

 欲しいものがいつも手に入るわけじゃない
 そうさ、言ったろうベイビー
 欲しいものを必ずゲットできるとは限らないさ
 でも、やってみりゃ
 ひょっとしたら
 手にできることもあるかもしれないぜ

(ローリング・ストーンズ "You Can't Always Get What You Want"より抜粋引用、訳は拙訳)

 赤いドアがある
 でも俺はそいつを黒く塗りたい
 他の色じゃダメだ
 黒だ、黒じゃないとだめなんだ

(ローリング・ストーンズ "Paint It Black"より抜粋引用、訳は拙訳)

3月 23, 2006 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月24日

むかし洋楽 その(4) ― Duran Duran 「Save a Prayer」 ―

 ヴィジュアル系という言葉すらなかったころ、イギリスでアイドルっぽいルックスのバンドがポロポロと出た時期がありました。ちょうど80年代の頭あたりでしょうか。メイクをし、アクセサリーも派手目、ピアスは標準装備、ファッションは軟派系(死語かなぁ)というのがだいたいの共通項でした。

 そのころ私はキース・リチャーズ命だったので、その手のグループは好みから一番遠いところに位置していたのですが、不思議なことにDuran Duranの音だけはよく耳に引っかかったのです。

 もちろんアルバムを買ったことも、コンサートにも行ったこともないのですが、「Is There Something I Should Know?」や「Rio」は密かに気に入っていました。そして中でも一番強く耳に残っている曲が、この「Save a Prayer」なのです(余談ですが、最もヒットした(はず)の「Hungry Like the Wolf」は曲もビデオクリップも大キライでした)。

 ベストヒットUSAでビデオクリップを何度も見た覚えがあるので、たぶんシングルカットされた曲のはずですが、メロディーが意外に枯れているというか、彼らにしては重い感じの曲だなぁと当時思ったものです。iTunes Music Storeがオープンした時、初めて自分で買って久しぶりに聴きましたが、なんとこの曲6分以上あるんですね。ビデオクリップも曲も昔そんなに長いと思ったことはなかったんでちょっと驚きました。

 軽そうで重そうで、なんとなくけだるく、そして今では少し古ぼけた感じのするバラード。でも曲が始まるとほこりは払われ、時間が逆戻りしていきます。ファンだったわけじゃないけど、あのころは本当に本当に「たくさんの音」があって、好むと好まざるに関わらず自然に耳に入っていたことを思い出させてくれる曲なのです。

11月 24, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月24日

今週のむかし洋楽 ― Stevie Nicks 「嘆きの天使」 ―

 人は往々にして、自分にないものや自分と正反対のものに強く魅かれるもんです。生真面目な私の親父様は、船戸与一氏の冒険小説に一時期入れこんでいましたし、これまたマジメで心優しく銀行マンになった従兄は、学生時代007の大ファンでした。

 Stevie Nicksは私にとってまさにそういう人だったのです。やわらかくウェーブがかかった髪、不思議な色をたたえた瞳、レースやシフォンやオーガンジーをごちゃごちゃとまとっているのに足はサテンの厚底ブーツという独特のファッション。ベストヒットUSAで初めて彼女を見た時、私はまだ10代の子供でしたが、自分が大人になっても絶対あんなふうにはなれない、似たようなベクトルになることすらできない、彼女に似合うものは私にはことごとく似合わない、と心底から思ったものです。

 そして「嘆きの天使(Stop Draggin' My Heart Around)」を歌う彼女の声を聴いた時、その気持ちは決定的になりました。あの声。妖艶でもない、ハスキーともちがう、酒やけ…ではあまりにも俗っぽすぎる、本当にStevieしか持っていない声。この曲にヴォーカルで参加しているTom Pettyもかなり個性的な声ですが、私の中にはStevieの声だけがしっかりと腰をおろしてしまいました。

 以前このBlogでStevieの話をちょっとした時に、Chiaraが「彼女の声は誰にもまねできないオンリー・ワンだよね」と言っていましたが、まさにその通りです。あんな声を持つ歌姫は他にいません。彼女と彼女の声を讃える文句は当時数多くあったのですが、どれも正しく、そしてはずれているような気がします。

 妖しげで、かと思うと可憐で、ある時は激しく、または秋雨のように静かに哀しく、万華鏡のように色を変えるStevieの声は、私のコレクションから外れることはないでしょう。

 属していたバンドFleetwood Macと共に、80年代当時も日本ではそれほどファンが多くなかったStevieですが、少し前に映画「スクール・オブ・ロック」で「Edge of Seventeen」が取り上げられ、サントラにも入っているので、ほんのちょっぴり日本での知名度も上がったかもしれません。

9月 24, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 5日

今週のむかし洋楽 ― U2 「The Electric Co.」 ―

 白と黒と灰色の音。

 U2を初めて聴いたのはラジオでもレコードでもなく、「New Year's Day」のプロモーションビデオでした。旗を掲げて雪原を駆ける馬上の人と、それにオーバーラップしてやはり雪原で演奏する4人のメンバーたち。たぶん最初に見たそのイメージが強すぎたのでしょう。彼らの音は私にとってずっとモノクロームなのです。

 それからしばらくして、カリフォルニアのどこかで行われた大きなロックフェスティバルで歌っている彼らを、MTVの特集で見ました。あざといほど晴れ上がった西海岸の空の下、白いTシャツにブラックジーンズという出で立ちでマイクを手にしたボノは、司会の"ladies and gentlemen, U2!"という声に続いて、私の知らないメロディを歌い出しました。それはアルバム「Boy」の中にはない、ライブの時だけの「The Electric Co.」のイントロだったのです。

 カリフォルニアのまばゆい光は、ボノの声とエッジのギターに砕かれて光を失い、見えない白と黒と灰色の風を作るようでした。大地にふぶく地吹雪を思わせ、どこまでも他の色をよせつけない音でした。

 政治と歴史が常に日常生活に深く食い込んでいるアイルランドのダブリンという街で、政治を意識せずに10代を過ごすことなど、おそらく無理なんだと思います。U2のメンバーが音をつむぎ始めた20~30年前は、今よりもっとそうだったでしょう。しかし、あれほど政治色の強い歌詞が並びながら、またフロントマンであるボノがあれほどロマンティストなのに、彼らの初期の曲は不思議な静けさと落ちつきに満ちています。

 曲調がおとなしいという意味ではありません。むしろ今のU2のファンなら尖がったゴツゴツしたメロディだと感じるでしょうが、言葉ではうまく言い表せない静謐さがあるのです。すべての色を吸いこんでモノクロに変えてしまう、あの独特の音のせいだと、私は思っています。

 ところで、4枚目のアルバム「The Unforgettable Fire」から、そのモノクロに変化が起こりました。理由はわかりません。プロデューサーが変わったからかもしれないし、世界規模でビッグネームになったバンドの宿命だったからかもしれません。

 白と黒と灰色の音に、うっすらと淡い色がつきはじめたのです。地を転がるような感じも薄れ、空高く吹く秋風を感じさせる音になりました。ああ、U2は旅に出ていくんだなと思いました。彼らが本物である以上、あとは好き嫌いの問題でしかありません。

 そんなわけで、私にとってU2は、いつまでたってもモノクローム時代のU2なのです。「The Joshua Tree」以降にいたっては、きちんとアルバムを聴いたことすらないので、最近の彼らが好きか嫌いかは判断できないのですが、たぶん初期のころのほうが好きだと思ってしまうんじゃないかなと感じています。

9月 5, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月29日

今週のむかし洋楽 ―The Police「高校教師」―

 昔々、FM東京(今のTOKYO FM)で「マンハッタン・オプ」という深夜番組をやっていました。ニューヨークを仕事場にするひとりの探偵が主人公のラジオドラマで、テーマ音楽はジャズ、台本はハードボイルド風というスタイルでした。

 探偵、ハードボイルド、ジャズとくると、まるで学食の定食メニューのような、ありきたりで安っぽい味の番組かと思われるかもしれませんが、さにあらず。当時のFM東京の中ではダントツに渋い作りでした。キモは声の出演者だった日下武史氏で、なぜなら、氏が全ての役をこなす一人芝居ドラマだったからです。日下氏の声はしびれるほどカッコよく、当時高校生だったロマンティックオトメに、ウイスキーと煙草の香り漂う大人の世界を垣間見させてくれたのでした。

 また、このドラマにはもうひとつ魅かれる要素がありました。毎回ストーリーの合間に流される「今日の挿入曲」というべきものがあって、これに当時の洋楽の曲が多く使われていたのです。番組表にも、例えば「マンハッタン・オプ 哀愁のマンディ」というふうに書かれ、何の曲が流れるのかわかるようになっていました。そして、私にとってStonesの次に特別なグループ、The Policeと出会ったのも、この番組だったのです。

 その日の曲は「高校教師」(原題はDon't Stand So Close To Me)。
 ドラマは一週間でひとつの話が完結する仕様でしたが、丁度クライマックスを迎える回で、夜の公園を歩く主人公の後を銃を構えたヤバイやつが尾行するも、実は主人公はちゃんと状況を把握している、というシチュエーションで流れました。この曲は、ハム音にも似たブーンという音から始まり、そこへギターとドラムが小さく重なり、モノローグのようなStingの低い歌声が次に続くのですが、それが緊張したシーンにぴったり合っていました。

 アルバムを買うようになってからは「高校教師」はそれほど好きな曲ではなくなりましたが、今あのイントロのブーンという音を聞くと、すうっと時間が逆戻りするような感覚におそわれます。当時はこういう意外なとこから好きな音が発掘されることが多く、洋楽かぶれにとってTVは役立たずだったので、ラジオは大切なびっくり箱であり宝箱でした。

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※蛇足その1
この「高校教師」という訳、短くビシッと決めたくてすごくがんばったんだと思うのですが、読んだり口にしたりするたびに、どうしようもなくハズカシイのですよ。なぜかというと、正直に言ってしまうと、かなりカッコ悪いタイトルだからなんです。売り出し中の、触れれば切れるようなブリティッシュ・バンドの新曲が「高校教師」…?うーん…と、当時はもっと違和感がありました。

※蛇足その2
Google先生のおかげで初めて知ったのですが、「マンハッタン・オプ」のシナリオは矢作俊彦氏が書いていたそうです。そうだったのかと、かなりびっくり。小説も出版されていました。

8月 29, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 5日

新たな危険物

 iTunes Music Storeですが、ガセじゃないどころか、スティーヴ・ジョブズが日本に来てました。そして昨日、いきなりサービスが始まっていました。大変です。いきなり危険物到来です。

 気分はすっかり、駄菓子屋さんでちょこっとづつお菓子を買う子供と同じ。あれこれ悩んで、初ダウンロードはこの3曲でした。

「The Electric Co.」 U2
「Steppin' Out」 Joe Jackson
「Money for Nothing」 Dire Straits

 我ながら統一感のなさすぎる選択だなぁ。しかし1個150円のお菓子なので、油断しているとポイポイとカートに入れちゃうんですよね。アルバムだって2000円しないのが多いし。楽しいけどやっぱりキケン(笑)。

8月 5, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (7) | トラックバック (0)

2005年7月18日

Pretty Womanとヴァン・ヘイレン

 少し前の日記でタイトルに使った「Pretty woman walking down the street」ですが、なぜかこのフレーズ丸ごとの検索で、うちのBlogに行き当たる方がちょくちょくいるようです。歌詞が知りたくて調べているのだとしたら、うちだと役立たずですね。

 知っている人のほうが多いと思うけれど、これは「Oh, Pretty Woman」の出だしの、スーパー有名フレーズです。元はロイ・オービソンが歌って、のちにヴァン・ヘイレンがカヴァーしてヒットしました。世代のせいかもしれませんが、私はヴァン・ヘイレンのほうが好きです。デイヴ・リー・ロスの、あのネチネチねちっこい声のほうが、曲に合っているような気がして。

 「かわいこちゃんが、通りを歩いてくるぜぇ~」って歌詞で、このかわいこちゃんはおそらく商売女を指していると思われるので、年がら年中グルーピーに囲まれていた (少なくともそう伝説されていた) ロスにはぴったりでした。また、タイトルの一致は偶然なのかわざとなのかは知りませんが、映画「プリティ・ウーマン」の挿入歌に使われたのも納得できます。ジュリア・ロバーツの役柄はコールガールですもんね。

(ところで、グルーピーってもう死語?)

 ヴァン・ヘイレンは好きでも嫌いでもないバンドでしたが、カヴァー曲は粋だなぁと思っていました。「Oh, Pretty Woman」以外には、キンクスの「You Really Got Me」と、ロスがソロになってから出した、ビーチボーイズの「California Girls」しか知らないけれど、元の曲の味を損なわずに、それでいて自分たちの色がちゃんとつけてありました。

 どちらも (You Really Got Meはキンクスバージョンも)、もしiTune Music Storeが使えて、リストに載っていれば、絶対買うだろうなぁと思います。こんな感じで欲しい曲は山ほど頭の中にあるので、とにかく早く、日本から大手を振って利用できるようにしてほしいのですが、なかなかどうにも。今年の8月から利用できるかもしれないというウワサもあったのですが、結局ガセネタだったようで残念です。

※ちょっと訂正しました。あと、iTune Music Storeが8月から、という話は、まんざらガセでもないかもしれないらしいです。

7月 18, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年6月27日

バトンをころがせ

 Musical Batonなるものがあるそうです。自分の音楽の好みを5項目くらいで要約して、次に書いてくれそう、あるいは書きたそうな人にバトンを渡し(たつもりになっ)て、どんどん話題が続いていくといいな、という感じのものみたいです。

 で、mixiでCaroさんとBearさんがバトンを転がしていたので、勝手にひろわせてもらって、書いてみることにしました。

◆コンピュータに入っている音楽ファイルの容量
iTuneをのぞいたら、621MBでした。持ってるCD片っ端から入れたからなぁ。でもまだ入れてないCDもあります。これはそっくりそのまま、iPod Shuffleに入れてあります。

◆今聴いている曲
最近は初期のSuzanne Vegaをよく聴いてます。1stアルバムの中の「Undertow」や「Solitude Standing」の「In The Eye」とか。私はこの2曲を昔から恋の歌だと思っているのだけど、とても怖い歌です。彼女のあの風のような声で歌われるからこそ、よけいに恐ろしい。例えばこんな感じに。

"I would live inside of you
I'd make you wear me
Like a scar"

“あなたの中で息づいて
私の姿をあなたの面にまとわせてあげる
まるで傷跡のように”

(Suzanne Vega "In The Eye"より引用、訳は拙訳)

◆最後に買ったCD
The J. Geils Bandの「Freeze-Frame」かも…。

◆よく聴く、または特に思い入れのある曲を5つあげよ
Bearさんも言っていたけれど、5曲はムズカシイです。いっぱいありすぎて絞れません。困りはてたので、人(あるいはグループ)と曲をごちゃまぜにして5つ選びました。

The Rolling Stonesの曲全部
私の中では別格です。どんな曲だろうと、何が起ころうと、彼らは特別。1曲だけ選ぶなんで絶対にムリ。

Billy Joelのアルバム「52nd Street」
私が洋楽に傾倒するきっかけになったアルバムです。中学生の時、友達から借りて聴いて、その後自分でもLP(LPですよLP!)を買いました。

The Policeのアルバム「Synchronicity」に入っている曲全部
これも絞れません。一番好きなのを選ばないと殺すと言われたら、「Wrapped Around Your Finger」でしょうか。そういえば、アンディ・サマーズやスチュアート・コープランドは今どうしているんだろう…。

Stevie Nicksの「Stand Back」
どこかでやったロックコンサートがMTVかなにかで放映されて、Stevieはこれと「Edge of Seventeen」、「Stop Draggin' My Heart Around」の3曲を歌ったんですが、「Stand Back」が一番カッコよくて印象的でした。

Simon & Garfunkelの「America」
色々思い入れが多すぎて、今でも聴いたり歌ったりすると、自分でもあきれるくらい涙がじわっと出てきます。私にとってS&Gのベストはこれです。

…ああだめだな、やっぱり5つなんて無理だ(笑)。思い入れのある曲なんて、ほじくり出すと止まらないもんです。

◆バトンを渡したい人を5人あげよ
ええと、思いつかないので、Caroさんにならって、転がしておきます(汗)。
ひろいたいという方はぜひどうぞ。

6月 27, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月 9日

iPod shuffleがやってきた

 めまい治療の続きで、検査を受けることになりました。腕の動脈からカテーテルを入れて造影剤を流し、血管を撮影するというものです。入院する必要はなく、数時間休めば日帰りできますよと言われました。

 ただ、休んでいる間が手持ちぶさたになりそうです。そこで、夫にiPodを貸して、と頼んだのですが、翌日なんとおみやげでiPod shuffleがやってきました。

えーっ!?誕生日でもないのに?
ひょっとして私、検査でやばいことになるのかも!?

 アホなことを言って夫にしかられながら、さっそく手持ちのCDを読み込み、shuffleに転送しました。どこかの携帯のCMじゃないですが、びっくりするほどカンタンです。そしてこのランダムに曲が再生されるというしくみが、やたら楽しい。

 いや本当に、こんなに楽しいとは想像もしていませんでした。そもそも自分が好きなモノしか入れていないので、どの曲が出てきてもがっかりはしないわけですが、次は何かなーと待つ時間に、なんともいえないワクワク感があります。

 肝心の検査ですが、こちらも無事に終わりました。こっちはこっちでおもしろい話があるので、また別に書くことにします。ただ、点滴の薬のため、休んでいる間は眠くて眠くてしかたなかったため、shuffleは5、6曲しか聴くことができませんでした。

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2005年3月15日

昔の宝石たち

 1960年代から80年代にかけての洋楽のロック・ポップスは、さながら底なしの宝石箱のようでした。色も形もさまざまな宝石が、すくってもすくってもざくざくとあふれ出ていたのです。

 もちろん中にはまがい物もたくさんありました。でも、ぱっと見ただけではジルコニアなのかダイアモンドかわからないように、一見してどちらかわからないものもありました。プリンスはデビュー当時(少なくとも日本では)いかがわしいもの扱いされていたのですが、おそらくあまりに個性が強烈だったからでしょう。私も好きではないのですが(むしろ嫌い)、まがい物だとは思いません。音楽そのものはダイアモンドのほうです。

 また、一曲だけのヒットで終わってしまっても、それが必ずしもニセモノとは限りませんでした。たとえ一発屋でも、何かしらのエネルギーが瞬発的に込められていることがあったからです。例えば、デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの「カモン・アイリーン」はまがい物ではないと思います。

 ところが先日、意外な歌い手がまがい物だったことを発見しました。それは、クリストファー・クロスです。たまたまネットラジオで流れていた「Ride Like a Wind」を耳にしたのですが、おどろくほど薄っぺらに感じました。当時はまったくそう思わなかったのですが、ペラペラの声にペラペラのメロディーで、かつて聴いた時の思い出すら心に浮かんでこないのです。完全に宝石としての輝きを失っていました。

 同じような「きれいな声」系のエア・サプライは、今聴いてもそうは感じられません。凪いだ海のような彼らの歌は、私の好みには合わないのですが、やはりまがい物とは思えません。

 なつかしいのと同時に、こういう思いがけない発見があるので、ネットラジオはたまに聴くとおもしろいです。しかしやはり、当時の宝石をコレクションのように集めたいので、個人的には、iTune Music Storeが早く日本から正式に利用できるようにならないかなぁと心待ちにしています。

3月 15, 2005 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年12月25日

"Winter"

 クリスマスツリーの灯りがすべて消えたときに、俺は思った
 カリフォルニアにいたらどんなにいいだろうと
 だけど俺は、鐘も書も燭も燃やしちまった
 救いを受ける道はどこにもない

 (The Rolling Stones "Winter"より抜粋、拙訳)

 これこそ冬だという歌を1つ選べと言われたら、私は迷うことなくストーンズのこの曲にします。アルバム「山羊の頭のスープ」("Goats Head Soup")に収められている歌で、聖夜の厳かな気配も休日の明るさも消えた街を、背中をこごめて歩く男の姿が、モノクロで浮かび上がってくる名曲です。

 上の拙訳の3行目は、原文が"But I've been burning my bell book and candle"となっています。カトリックの破門の儀式に、「鐘書燭(しょうしょしょく)破門式」というのがあり、この式によって破門されることを"curse by bell, book, and candle"と言うそうです。鐘を鳴らし、破門文を読みあげ、その書を閉じて燭台の灯を消して破門を告げるそうですが、この歌詞もそこに源があるのかもしれません。

 意外なようですが、彼らの歌の詩には、聖書やキリスト教にからむ表現がたまに出てきます。ごく初期の曲に「地の塩」("The Salt of the Earth")というのがありますが、これも聖書の中に出てくる言葉です。キリスト教的に言えば主の教えを守って世の役に立つ人、汎用的に言えば社会で堅実に生きる人、という意味になるそうです。歌の内容は確か、こういった「地の塩」の人々を讃えよう、といったものだったと思います。時代はヒッピームーブメントが始まったばかり。このような民衆賛歌的味つけが、少し流行っていたのかもしれません。

 話がちょっとそれました。このアルバムは「悲しみのアンジー」("Angie")という、これまたとびきりの歌で有名なのですが、全体的にエキセントリックな雰囲気がただよい、それがとりわけ“冬っぽい”イメージを私に抱かせます。本当にアルバム全体が“冬”という感じ。バラードが多く収録されているのも特徴で、キース・リチャーズが歌う「夢からさめて」("Coming Down Again")などは、もう言葉がありません。個人的に「ハズレがないアルバム」で、どの曲も好みです。

 今日のようなぎゅーんと寒い日に聞くと、最高。

12月 25, 2004 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年10月18日

発掘の日

 2ヶ月ほど前、夫が色々整理してくれたおかげで、埋もれていた昔のCDがごっそり出てきました。最近はそれをとっかえひっかえ聞いているのですが、今日、今までなぜか気がつかなかったCDに目が留まりました。

「テキサス・ハリケーン」 スティーヴィー・レイ・ヴォーン&ダブル・トラブル
(原タイトルは「Couldn't Stand the Weather」)

 こんなアルバムを持っていたことすら、すっかり忘れてました。デヴィッド・ボウイの「レッツ・ダンス」で、こてこてブルースのギターソロを弾いた人、と言ったら、「あー!」と思い出す人が多いかもしれません。でも、当時洋楽を聴いていた人でもそれほどなじみがない名前だと思います。

 来日した時ベスト・ヒット・USAにゲスト出演し、あまりにもかっこよかったのでアルバムを買っちゃったはずですが、とにかくすみからすみまでブルースで、雑巾みたいに絞ったらその手の音符しか出てこない感じなので、買った当時はちょっと消化不良をおこしてしまったのです。少なからずギター小僧っぽいにおいもして、当時、コンサートで延々とギターソロを弾くカリスマギタリスト ( ジミー・ペイジとかジェフ・ベックとか、若い(若かった)ところだとスティーヴ・ルカサーとか ) があまり好きでなかったせいもあって、それほど入れこまずじまいでした。

さて、今聴いたらどんな気がするんだろう?と、ちょっとドキドキしながらかけてみます。

 うーおー……かっこいい。

 全然ギター小僧じゃないじゃん、いやそうかもしれないけど、それ以前にとにかくかっこいい。

 出演した時のベスト・ヒット・USAはビデオに撮ってあるはず。今度はそれを発掘する気まんまんです。

10月 18, 2004 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年7月 5日

It's Only Rock'n Roll ( but I like it )

 大辞典で調べものをしていたら、なんとローリング・ストーンズが載っているのが目に留まりました。あまりにびっくりして引くつもりだった単語を忘れ、ボケ老人よろしく夫に聞く始末。
 ビートルズはまあ、載っていてもふーんって感じですが、まさかストーンズがあるとは。ついこの間まで、薬物関係の逮捕歴が原因で日本に来ることすらできなかったのに。なんというか、キース・リチャーズに鼻で笑われそうです。ちなみに掲載していたのは「三省堂 大辞林(第二版)」でした。以下引用です。

ローリング ストーンズ[The Rolling Stones]
ミック=ジャガーを中心とするイギリスのロック-グループ。ビートルズとともに一九六〇年代ロックの双璧をなし、ビートルズがグループ活動を停止したあと、世界ロック界の頂点に立つグループとなった。

(三省堂 大辞林 第二版より)

 「刺青の男」を買って以来、ストーンズは今でも私の中で特別なバンドです。10代のころは、まあお約束で、キースに会えたら死んでもいいと思っていました(うひー)。ですが、世界ロック界の頂点っていうのは言いすぎじゃないでしょうか(笑)。いや実際そうだったかもしれませんが、なんとなく彼らに似つかわしくない言葉です。

7月 5, 2004 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (4) | トラックバック (0)

2004年5月23日

ビールのCMの、などといふなかれ

 買い物の帰り、カーラジオからJ・ガイルズ・バンドの「堕ちた天使」が流れてきました。

ナーナーナ、ナナナーナ、ナナナーナナ、ナナナー

 ルパン三世みたいに痩せたピーター・ウルフが、シマシマTシャツを着て手首をくるくると回しながらハイスクールの教室で歌う、あのビデオクリップが大好きです(でした、と言うべき?)。この曲がヒットした後にピーターはバンドを脱けてソロになったはずだけど、どうしてるのかなーと思ったら、こんなかっちょいいオフィシャルサイトが!
 特にJukeboxがニクイ仕様です。あいかわらずピーターいかすー。こういうシンプルなのにキマってるサイトも、ありそうでなかなかないのですよ。

 「Freeze Frame」のCDなんてないだろうなぁと思っていたら、Amazonであっさり売っているのを発見……脊髄反射で買ってしまいました。うひ。

5月 23, 2004 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (5) | トラックバック (0)

2004年5月15日

ゴースト・イン・ザ・タイムマシン

先日、夫とCDを物色していた時、ひょっとこんなのが目に留まりました。

「シンクロニシティー」 ポリス

 私の手元には「Message in a Box」という彼らの四枚組みCDセットがあります。買ったのは十年ほど前ですが、今でも週に三、四回は聴きます。限定版だったらしくエディションナンバーなぞもついています。「デビューから実質的に活動をやめるまでにレコーディングした曲すべてを収録」だそうなので、当然「シンクロニシティー」も入っているわけですが、残念なことに大事なものが欠けているのです。それは歌詞カード。

 80年代、私にとって音楽は100%洋楽で、レコードと一緒に歌うという行動がその楽しみの80%くらいを占めていました(そうです「シンクロニシティー」がリリースされたころ時代はまだレコードだったんです)。数少ない洋楽つながりの友人も同じだったと思います。英語の悪い言葉や色々な言いまわしも歌詞からかなり覚えました。クラスの大部分の女の子がオフコースやユーミンに夢中なのを横目にみながら、くだんの友人とお小遣いをはたいて海外アーティストのコンサートにも行きました。もちろん生で見たかったからですが、一緒に歌う(というかシャウトする?)ためでもありました。“英語の歌”が歌えるのよ、という優越感みたいなものもあった気がします。80年代の洋楽は愛や恋と同じくらいの量で荒涼とした孤独と不信を歌っていて、そこも魅かれた点でした。今から思うとかなり鼻持ちならないスノッブ野郎です。

 そんなわけで昔聞きまくり歌いまくったので、サビの部分はかなり覚えているのですが、それ以外はなんともあやふやです。私はレコードと歌詞カードを別々に保管するクセがあったので、どこかに束になってあるはずなのですが、結婚する時に持ってきた荷物が魑魅魍魎と化しているのでまったく発掘できません。というわけで、出会ったのも何かの縁、CDを買ってしまいました。

 ふと見ると「Every Breath You Take」のビデオクリップまで付いています。この曲、今発表されたらストーカーソングと言われかねない激しい歌詞なので、邦題の「見つめていたい」は個人的に好きではありません。久々に見るクリップの中で、今よりも数百倍キツイ目をしたスティングが切々と歌っておりました。私もさっそくアルバムの頭から曲をかけて、久々に全部一緒に歌ってみます。ハタからみるとちょっとアブナイ光景です。ティーンエイジャーのころはアブナくても許されそうですが、いい年して「キング・オブ・ペイン」を口ずさんでいると、なんというか、精神的に社会復帰できない気がしてきます。

でも本当は楽しいんですけどね。

5月 15, 2004 80'sまでのロック・ポップス | | コメント (0) | トラックバック (0)